2018年新春特別インタビュー アンドレア・バッティストーニ

2018年3月4日(日) 新宿文化センター×東京フィルハーモニー交響楽団 演奏会「カルミナ・ブラーナ」開催に先立ち、新春特別インタビューとして、世界が注目するマエストロ 東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者 アンドレア・バッティストーニ氏にお話を伺いました。




昨年に続き今回も会場の一体感を
――昨年(2017年2月18日)は、新宿文化センター合唱団参加の演奏会ヴェルディ「レクイエム」で指揮者を務めていただきました。
1,500人超の観衆が聴き入る、素晴らしい公演となりましたね。

ありがとうございます。
あのときの楽曲は、ヴェルディという「椿姫」で有名な作曲家が書いた葬送曲で、はじめはこんな難曲を、数カ月の練習でできるのかととても不安でした。
自分が死んだ後どこへ行くかが歌われていて、とても怖い世界です。
けれども「レクイエム」の意図を皆さんに説明したところ、一般公募の「新宿文化センター合唱団」の皆さんが1回目から理解してくださり、山神先生のコーラスのご指導もよかったのでしょう、2回目のリハからがらりと変わりました。
以降これはできる! と手応えを感じて、安心して臨めたのです。

――それで今回2回目である「合唱団参加」公演も、快く引き受けていただけたのでしょうか?

もちろんです。あの「レクイエム」の最後の指揮棒を下ろした瞬間、会場中が静まりかえりました。
日本の観客はとても知的で、どこで拍手するかも間違えず、初めての方でも素晴らしい聴き方をしてくださいます。
あの長い静寂は、僕は「祈り」だったのではないかと思います。まるで瞑想のように、会場中が一体になりましたね。それからあの拍手。
沢山の方がお礼を言ってくださったけれど、僕のほうこそ、感謝の言葉しかありません。
それで、今回のオファーもぜひ、とお引き受けしたのです。

――今回も「レクイエム」と同様に、演奏はバッティストーニさんが首席指揮者を務める東京フィルハーモニー交響楽団、新宿文化センター合唱団の皆さん、ソロパートはプロのソリストの方々です。
そして、演目はオルフの最高傑作といわれる「カルミナ・ブラーナ」ですね。


「カルミナ・ブラーナ」は「レクイエム」とは正反対で、生きることの喜びを数百人がオーケストラとともに歌い上げる明るいスペクタクルです。
合唱団の皆さんには「できるだけ大きな笑顔で歌ってください」と、1回目のリハからお願いしています。「レクイエム」では「笑顔を見せないで」と言っていたのですけれども(笑)。

初めて聴くクラシックとしても、おすすめ
――参加する合唱団の方は、もちろん音楽が好きでしょうけど、聴く方々にとってクラシック音楽と聞くと少しハードルが高い印象かもしれません。

だからこそ「カルミナ・ブラーナ」はいいのではないでしょうか。
初めて聴くクラシックとして「カルミナ・ブラーナ」はとても向いています。映画のBGMや、コマーシャルにもよく登場し、おそらく誰もが一度は耳にしたことがあるはずです。
親しみやすいうえ、恋にどきどきしたり、春の訪れに人生の喜びを感じたりすることは、国境や時代を超えて今も変わりありません。
どんな方でも参加して、わくわくできる曲だと思います。

――「参加」するとはどのようなことでしょうか?

音楽は黙って座って聴くものではないのです。たとえクラシックであってもね。
自分が演奏していなくても、その場で生のオーケストラとふれあっているという喜びがあるもの。
クラシック音楽は、確かにできたのは100年以上も前かもしれませんが、それを現代によみがえらせるのは、奏者や指揮者だけでは足りません。観客の力が必要なのです。
「レクイエム」では、皆さんと一緒に死後の世界に祈りを捧げましたが、今回の公演、生きる喜びを歌い上げる「カルミナ・ブラーナ」では、全く違ったことが起こるでしょう。

大切なのは、曲のスピリッツを伝えること
――アマチュアの合唱団でも、そこまでの感動に観客を巻き込むことができるということですね。

もちろんです。
音楽は音程が正しいといった技術も大切ですが、それより、曲の神髄をいかに深く理解して、“曲に込められた想いや精神をいかに体現するか”のほうがもっと大切です。
そうでなければ一般の方々が、公募で集まった「新宿文化センター合唱団」が、数カ月の練習で皆さんにお聴かせできるような曲に仕上げることはできなかったでしょう。
僕の曲の解釈が団員の皆さんの息つぎ一つにも影響していくのは、とてもやり甲斐のあることでした。

――私どもの合唱団ともども、「新宿文化センター」も気に入っていただけたら嬉しいです。

天井が高く、クラシックを聴くにふさわしい風格と音響設備を整えてらっしゃいますね。
気に入っているのは建物だけではありません。日本のアマチュア合唱団は規模も大きく、曲への理解も深く、僕にとっても大切な出会いになっています。

そして音楽の素晴らしさを伝えたい
――ヴェローナのお生まれですが、本国イタリアでもアマチュア合唱団とのコラボレーションはあるのでしょうか?

イタリアではプロがアマチュアのレベルまで“おりてくる”事は、沽券に関わるという考え方があり、なかなかアマチュアの方との共演はありません。
また、イタリアには残念なことに音楽の授業がなく、合唱団はあっても日本ほどのレベルではないというのが実状です。

――そんな風土の中で、バッティストーニさんがアマチュアとの出会いを大切にしてくださるのはなぜですか?

僕に音楽の手ほどきをしてくれた母の影響かもしれません。母はピアニストで、家の中にはいつも音楽があり、「聴くだけじゃなくて、演奏していいのよ、歌っていいのよ」と教えてくれました。
僕も生まれて初めて楽器を触る子たちに接するように、音楽の素晴らしさを伝えたい。
僕はロックも大好きでよく聴きますが、初めて習った楽器はチェロ。重いですし、「なぜこんなに一人ぼっちで練習しなきゃいけないんだろう」と、ずっと不満ばかりでした。
青春時代に入ってオーケストラと関わったとき、初めて「あの孤独な練習はすべて、この空間を皆と共有するためのものだったんだ」とわかったのです。

人生は、好きなことを見つけるための時間
――それから音楽院へ。
オーケストラの指揮を学んだ後、24歳でスカラ座デビュー。
今は世界中で活躍してらっしゃいます。

僕自身は、特に、自分にエネルギーがあるとか、特別な存在とかは思っていないです。ただ、人と音楽をするのが好きだから続けているだけ。
これは僕だけでなく全ての人に言えることかもしれませんが、「人生は、自分が本当に好きなことをするために与えられた時間」だと思っています。
これからもたくさんの楽譜を読んで、作曲家たちのメッセージを読みとり、現代によみがえらせて、音楽家としてもっと深いところに到達できたらと思っています。
好きなことをとことん楽しめば、誰でも、自分にしかできないところへ到達できるはずですよ。

――ありがとうございます。

音楽は黙って座って
聴くものではないのです



最後に読んでいただいた皆さんへのメッセージをお願いします。

 

僕がそうであったように「参加」して初めてわかることが人生にはたくさんあります。
どんなに孤独であっても何かと深くかかわったとき、それまでの時間がすべて、ゴールへの布石になっていたとわかる。
奏者、指揮、合唱と様々なピースがからみあって一つの作品を生み出すオーケストラは「人と生きる喜びそのもの」でもあります。
ぜひ、「参加」することを体験してみてください。

 




Andrea Battistoni

東京フィルハーモニー交響楽団首席指揮者
1987年イタリアヴェローナ生まれ。
国際的に頭角を表している若き才能であり、同世代の最も重要な指揮者の一人と評されている。
東京フィルハーモニー交響楽団では2015年4月より首席客演指揮者を務め、2016年10月首席指揮者に就任。
今後の予定としては、アレーナ・ディ・ヴェローナ、トリノ・レージョ劇場、中国国家大劇院、シドニー・オペラハウス等への出演がある。

 

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